STORY
小田原下曽我梅林の梅の木を再生利用しています。
遥か昔、戦国時代より小田原の発展を支えてきた梅干し文化。その役目を終えた梅の木たちを再生利用しています。
北条早雲によって奨励された小田原の梅干し文化
遥か昔、戦国時代。時の藩主、北条早雲の奨励によって梅干しの生産を行うために下曽我地域を中心に梅の木が育てられました。
それらの梅の木から生産される梅干しは現在に至るまで小田原の名産品として全国に知られています。
小田原の活性化のためにこの知恵を勧めた北条早雲の熱い想いは今もしっかりと小田原の地に活かされています。
時代の流れ
現在においては、後継者問題等から小田原地域の梅干し農家の数は減少してきています。
そのため、梅の木の手入れが出来ない状態が長らく放置されてしまうケースが多々あります。
災害防止の観点からもこれらの梅の木はやむなく伐採されています。
新たな姿で蘇らせる
伐採される梅の木の樹齢は約60年以上。
小田原の発展のために、代々育てられてきた梅の木はその役割を終え、同じく小田原地域に伝わる伝統技法により、木製品となって蘇ります。
洗練された職人技によって、一点一点丁寧に手作りされた、他に類のない小田原梅の木の新しい姿を、奥ゆかしい小田原の歴史と共にお楽しみください。